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gourmet
90年以上の記憶を包む、
老舗洋菓子店「自由が丘 モンブラン」
TEXT:下井美奈子 PHOTO:土岐節子

自由が丘駅前に、またひとつ、街の記憶を感じられる場所が生まれました。日本発祥の“黄色いモンブラン”、そして日本の洋菓子の歴史を語るうえで欠かせない存在である洋菓子店「自由が 丘 モンブラン」。1933年の創業以来、長く自由が丘の街に親しまれてきたこの老舗の本店が2026年9月17日、自由が丘ミューズスクエア1階にリニューアルオープンしたのです。


老舗らしい格式がありながら温かみが感じられる店内に足を踏み入れると、まず目に入るのが創業以来受け継がれてきた色とりどりのお菓子。店舗の奥には、日本の近代画壇を牽引した画家・東郷青児の原画が何枚も飾られたサロンがあります。まるで小さな美術館のようなクラシックな雰囲気のサロンで、貴重な絵画に囲まれていただく昔からの洋菓子。
新しい空間でありながら、そこには90年以上の時間が静かに息づいています。
アルプスの山の名前から始まった、日本のモンブラン

ショーケースにならぶ“黄色いモンブラン”。褐色の栗ペーストが多い中、その個性が際立ちます。
90年以上愛され続けているこのお店で 変わらずに提供されている“黄色いモンブラン”。 その誕生の裏には1人の菓子職人が抱いた壮大なロマンがありました。「モンブラン」という店名の原点は、アルプスの最高峰です。創業者の迫田千万億氏は、ヨーロッパを旅した際、フランス東部シャモニーから眺めた山の美しさに心を奪われ、帰国後に山の名前を冠した洋菓子店を創業します。


昭和期の店舗外観と創業者・迫田千万億氏。(写真:株式会社モン ブラン提供)
目指したのは、ヨーロッパの菓子をそのまま日本に持ち込むことではなく、日本の人々がおいしいと感じる洋菓子を作ること。当時、縁起のよい食べ物として親しまれていた栗の甘露煮をたっぷりと使用して黄色いマロンペーストに仕立て名峰モンブランの岩肌を、そして純白のメレンゲで山頂の雪を表現しました。土台には、カステラを参考に、しっとりとした生地を合わせています。初代は、屋号としての「モンブラン」は商標登録しましたが、ケーキの「モンブラン」はあえて商標登録しませんでした。自分の店だけのものにせず、作り方やレシピを多くの職人に伝え、日本の洋菓子業界の発展につなげたい。そこには、そんな初代の思いがありました。
海外から学び、日本の洋菓子を育てた初代
初代の情熱は、自分の店だけにとどまりません。1950年代にはスイスの菓子職人を招くなど、海外の技術を積極的に学び、日本の職人たちへ伝えていきました。「自由が丘 モンブラン」では、「スイスフェア」も開催。日本とスイス両国の友情から生まれた新しい洋菓子の発表や、アルプホルンや氷細工の展示、民族衣装でのサービスなどを通じて、洋菓子だけでなくスイスの文化も紹介していたといいます。
