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いくつになっても心にきらめきを。

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昔、一軍で使っていたマグカップ。
KiraView編集部は現在、吉祥寺にあります。 80年代から90年代にかけて、サザビーのアフタヌーンティやF.O.B COOP、サンデーブランチをはじめとした、オリジナル雑貨や輸入家具を編集した店にカフェを併合したshopが都内には、多くありました。 まだ、表参道には、同潤会アパート(現在、表参道ヒルズの場所)がまだあり、 渋谷のファイアー通りには、LIVE LABORATORY があり、明治通りにはzakka、文房具のFLAGS、ちょっと入ると ”Nice”もあった雑貨黄金時代です。今や雑貨は100円ショップ時代。当時は信じられないくらい個性的なものばかりでした。 雑貨カフェではエスプレッソや、オランジーナ、生クリームがドカンと盛られたバナナケーキやスコーン、BLTなどをドキドキしながら食し、センス良く編集されディスプレイされた舶来品感満載の雑貨が、同じスぺ―スに並ぶ。私たちがほしいものが、そこに全部あるんですから、「オリーブ」をはじめとして雑誌がこぞって取り上げたわけです。雑誌の編集者になりたいと思ったのも、雑貨スタイリストという職業をわ


ベッドサイドに紙とペンを。
寝床に入ってから、同じことが何周も頭を回る。心配ごとは特に夜に膨らみやすいものです。このとき役に立つのが、ベッドサイドに紙とペンを置いておき、書き出す方法です。 • 明日のやること • 気がかりなこと 気がかりを頭のなかに置いたままにすると、忘れまいとして繰り返し思い出す仕組みが働きます。紙に移してしまえば、「そこに書いてある」という安心が生まれ、巡りが静まり、書いた時点で、役目の半分は終わっていますよ。


杖を持つこと
杖を持つことに、まだ気持ちの折り合いがついていない方もいるでしょう。年を取ったと認めるようで気が進まない。その感覚は、否定するものではありません。ただ、視点を一つ変えてみる手もあります。杖は「弱った人の道具」ではなく、行動範囲を広げる装備だという見方です。眼鏡をかけると遠くが見える。杖を持つと、遠くまで歩ける。それだけのことだと考えると、気持ちが少し軽くなります。そのうえで、選ぶ楽しみがあります。木の質感、金属の色、握りの形。持ち手が手のひらになじむかどうかは、実際に握って数歩歩いてみないと分かりません。色は、コートや靴と系統をそろえると、道具ではなく持ち物の一つに見えてきます。折りたためるものなら、喫茶店の椅子の脇に立てておく必要もありません。


旅は、行先よりも過ごし方。
行き先から決める旅は、どうしても名所の数を競う形になりがちです。そこで一度、順番を入れ替えてみてください。まず、この旅で何をしたいのかを決める。行き先はその後です。
たとえば、旅の朝時間を楽しみたい場合は、早朝に散歩ができる静かな土地と、朝食の時間を選べる宿が要ります。現地の人たちとのお話を増やしたいなら、個室完結型の大型施設より、共用のラウンジやキッチンがある共通のダイニングや居間がある小さな宿や、ゲストハウスのほうが、おすすめです。
過ごし方から選ぶと、行先の選択が、俄然、絞られて、旅のイメージがはっきりしてきて、行く前から、楽しくなりますよ。


子どもの頃に夢中になったこと。
人生後半に何か始めよう——そう思ったとき、多くの人が「新しいこと」を探します。資格の勉強、習ったことのない語学、まったく知らない分野。もちろん、それも素敵です。自分の中にすでにある「好き」を、掘り起こすと長続きします。
子どもの頃に夢中になったこと。「いつかやりたい」と思いながら、仕事や家庭に追われて、そっと蓋をしてきたこと。それらは、消えたわけではありません。心の奥で、静かに眠っているだけです。
子どもの頃、時間を忘れて夢中になったことは? 絵を描くこと、生き物を観察すること、物語を書くこと。無心になれたものの中に、あなたの「元々の好き」が隠れています。
人生後半の豊かさは、新しい何かを増やすことより、置き去りにしてきた自分を、迎えに行くことにあるのかもしれません。
「あの頃、本当はやりたかった」。その気持ちに、もう一度火をつける。今日、心に浮かんだ「好き」を、一


友だちを招くごはん
うちに遊びに来てよ」。そう言いたい気持ちはあるのに、片づけや献立を思い浮かべると、つい後回しにしてしまう。そんな経験はありませんか。おもてなしは特別なこと、完璧に整えなければ失礼——そんな思い込みが、せっかくの「誰かと過ごしたい」という願いにブレーキをかけてしまうことがあります。
でも、招く側が肩の力を抜くと、招かれた側も気楽になります。テーブルに並ぶのが豪華な料理でなくても、同じものをつつきながら交わす会話こそが、実はいちばんのごちそう。
一人の食事も気楽でいいものですが、誰かと囲む食卓には、思っている以上の力があります。農林水産省がまとめた研究では、家族や友人と一緒に食べる機会が多い人ほど、ストレスが少なく、自分を健康だと感じている傾向があると報告されています。さらに、誰かと食べる頻度が高い人ほど、多様な食品をバランスよく食べているという結果も示されています。
つまり、友だちを招くごはんは、相手をもてなすと同時に、自分自身の心と体を軽くしてくれる時間でもあるのです。「趣味仲間と語り合って笑い合う時間が元気をくれる」(Reiさん・


インテリアは「整える」
素敵な部屋にしようとすると、つい「何かを買い足そう」と考えがちです。でも、多くの場合、部屋を心地よくする第一歩は、増やすことではなく、整えることにあります。
長年暮らした家には、いつのまにか物が積み重なっています。まずは、使っていないものを少し減らし、床とテーブルの上に余白をつくる。それだけで、空間は驚くほど広く、すっきりと感じられます。
インテリアの主役は、実は「余白」です。物を詰め込むより、ゆとりを残すこと。何もない空間があるからこそ、置いたもの一つひとつが引き立ち、心も落ち着きます。
大がかりな模様替えをしなくても、次の三つを見直すだけで、部屋の印象は大きく変わります。
照明——これが、いちばん効果的です。天井の明かり一つで煌々と照らすより、背の低い間接照明を足す。スタンドライトやテーブルランプの、やわらかな光を加えると、夜の部屋がぐっと落ち着きます。目にもやさしく、くつろぎが深まります。
布もの——クッションカバー、ひざかけ、テーブルクロス、カーテン。布を替えるだけで、季節感や気分を手軽に変えられます。大きな買い


下着と、寸法
体重計の数字が昔とほとんど同じなのに、合わなくなる。この不一致に戸惑う方は少なくありません。理由は単純で、変化しているのは総量ではなく配置だからです。
年齢を重ねると、筋肉と脂肪の比率がゆるやかに変わり、体の厚みが移動していくと言われています。胸の下やお腹まわりに厚みが出て、腰やお尻は少し平らになる。肩は前に丸まり、背中の上部が厚くなる。首は短く見え、あごの下の輪郭がやわらぐ。個人差が大きく、進み方も一様ではありませんが、多くの人が似た方向の変化を経験します。
胸を支える下着は、体の変化とともに合うものが変わります。合わないものを長く使うと、背中に段ができたり、肩に食い込んで痛みが出たりすることがあります。専門の売り場では採寸をしてくれるところが多く、思っていたサイズと違うと言われる方も少なくありません。数年に一度、測り直してみる価値はあります。
補整下着については、締めつけの強いものを長時間つけると、人によっては息苦しさや胃の不快感が出ることもあります。無理をして着け続ける必要はありません。
自分の寸法を、紙に書いて


トップス5枚・ボトムス3枚・基本3色
朝、クローゼットの前で立ちつくす。「今日は何を着よう」——袖を通しては脱ぎ、鏡の前で首をかしげる。そんな数分が、実は一日のはじまりの元気を静かに削っていた、と気づいたのはいつだったでしょう。着る服はたくさんあるのに、しっくりくる一枚がなかなか決まらない。あの感覚に、心当たりはありませんか。
そこで注目したいのが「制服化」という考え方です。制服といっても堅苦しい話ではありません。自分が心から気に入っている服だけを選び抜き、それを毎日の定番にしてしまう。迷いを手放して、好きなものだけで一日を始める——そんな軽やかな暮らし方のことです。
私たちは一日に驚くほど多くの決断をしています。ある行動科学の知見では、人は一日におよそ3万5千回もの選択をしているとされ、朝食から仕事の判断まで、そのひとつひとつが少しずつ集中力を消費していきます。
心理学ではこれを「決断疲れ(decision fatigue)」と呼びます。ロイ・バウマイスターらの研究に端を発するこの考え方では、意思決定をつかさどる脳の前頭前野の力には限りがあり、選択を重ねるほど判断


映画館、行きませんか?
家で配信を観るのは、たしかに楽です。それでも映画館に足を運ぶのは、暗闇と音に、体ごと包まれる時間が、家では手に入らないからでしょう。
文化庁の調査でも、外に出かけて鑑賞した文化芸術のジャンルとして、映画は堂々の1位。多くの人が、まだ劇場に通っています。こうした文化との関わりは、心の充足にも結びついています。映画や音楽、美術などを実際に鑑賞している人の幸福感は、鑑賞しない人より高いという結果が出ています。
少しだけ、見る前にヒントを。
大手シネコンでは、60歳以上を対象にした割引が用意されており、通常料金より数百円安くなります。窓口で年齢のわかるものを提示するだけです。
さらに、毎月1日の「映画の日」、チェーンごとのサービスデー(水曜など)、朝いちばんの回(モーニング)にも割引があります。
ただし、対象年齢や金額は各社で違い、見直しも入ります。行く前に、劇場の公式サイトで料金表を1回だけ確認してみてください。
混雑を避けるなら、平日の午前中の回が圧倒的です。客席はまばら、前の席に人がいない、上映後もゆっくり席を立てる


「自分ひとりだし、簡単でいいか」
ひとり分の食事になると、つい「自分ひとりだし、簡単でいいか」と、ありあわせで済ませてしまう。そんな日が続いていませんか。
家族のために腕をふるってきた人ほど、自分ひとりのためには手をかけにくいものです。でも、ひとり分のごはんこそ、自分をいたわる大切な時間。今日は、無理なく、けれど豊かに食べるための考え方をお話しします。
「手抜き」と聞くと、なんだか後ろめたい気持ちになります。けれど、ここで大切にしたいのは「手間ぬき」という考え方です。
手抜きは、自分への手間を惜しんで、なんとなく雑に済ませてしまうこと。一方で手間ぬきは、面倒な工程は上手に省きながらも、自分をきちんといたわること。同じ「楽をする」でも、心の向きがまるで違います。毎日きちんと料理をしなくてもいい。けれど、自分のために整えるという気持ちだけは、そっと残しておきたいものです。
ひとりの食事は、つい品数が減り、同じものに偏りがちです。研究でも、ひとりで食べる食事は食欲が落ちやすいと指摘されています。
だからこそ、少しだけ栄養を意識してみてください。健康長寿ネットによ


「好き」は、いくつになっても自由
俳優、歌手、スポーツ選手、アイドル、はたまた小説のキャラクターまで。「この人(この子)が好き!」という気持ちで毎日を彩る——それが、いま幅広い世代に広がっている「推し活」です。 「いまさら?」なんて、思う必要はありません。誰かを好きになる気持ちに、年齢は関係ないのですから。 ときめく心は、若い人だけの特権ではありません。むしろ、時間にゆとりが生まれた今こそ、好きなものに思いきり熱中できる時期ともいえます。 テレビで見かけた俳優を目で追ってしまう。お気に入りの歌手の曲を口ずさむ。それは立派な「推し」のはじまりです。誰に遠慮することもなく、心が動くほうへ素直に進んでみる。その軽やかさが、毎日に新しい風を吹き込みます。 推しの存在は、いわば「心の居場所」。落ち込んだ日も、「あの人ががんばっているから、私も」と、そっと背中を押してくれます。 「コンサートに行きたいから、元気でいよう」と、健康に気を配るようになる人も多いそうです。 キラビュー読者からも、こんな声が届いています。 「推しの笑顔を見て元気になったり、趣味仲間と語り合って笑い合ったり。自分の『好


ともだちと旅に行く前の迷い
学生時代の友、ご近所さん、趣味の教室で意気投合した人。長いつきあいの相手と、ふと「二人で旅行でも行こうか」という話になる。あの高揚感って、何歳になっても色あせないものですね。 とはいえ、いざ計画を立て始めると小さな迷いも顔を出します。朝は何時に起きる?食事の好みは?ペースが合わなかったらどうしよう——。せっかくの旅で気疲れしてしまってはもったいない。 長年の友でも、四六時中ぴったり一緒だと、ふとした瞬間に疲れてしまうもの。心地よい距離感には、ちょっとしたコツがあります。 作法その一・「別行動、歓迎」を最初に宣言する 出発前に「見たいものが違ったら、それぞれ動こうね」と口に出しておく。これだけで、当日の遠慮がぐっと減ります。片方が美術館でじっくり、もう片方はカフェでひと休み。夕方に「どうだった?」と落ち合えば、土産話まで二倍になるという寸法です。 作法その二・「決めすぎない」余白を残す 分刻みの計画は、ズレたときにお互いを縛ります。行きたい場所は二つか三つに絞って、あとは足の向くまま。予定を詰め込まないほうが、思いがけない出会いも生まれます。 作法


いつもの席、空いてますよ
いつもの席、空いてますよ」。そう声をかけてもらえる店が、近所に一軒ある。ただそれだけのことが、毎日の景色を少し変えてくれます。
若い頃は、新しい店、話題の店を探すのが楽しかったかもしれません。けれど年齢を重ねると、「知らない場所へ飛び込む楽しさ」よりも、「勝手のわかる場所でくつろぐ心地よさ」のほうが、じんわりと効いてくるものです。行きつけとは、その心地よさの、いちばん身近なかたちです。
行きつけの店の良さは、単に「便利」ということではありません。そこが、家でも職場でもない、third place(第三の居場所)になる、ということです。
家に一人でいると、誰とも言葉を交わさない日もあります。そんなとき、行きつけの喫茶店でコーヒーを一杯飲む。マスターと「暑いですね」と交わすだけの、短いやりとり。それでも、「まちの中に、自分を知っている人がいる」という感覚は、思いのほか心を支えてくれます。
大げさな交流でなくていいのです。顔を覚えてもらい、軽く言葉を交わす。その積み重ねが、まちを「通り過ぎる場所」から「自分の場所」へと変えていきます。


歴史を「読む」旅
観光地を訪れて、写真を撮って、次へ。それも旅の楽しみ方です。けれど、少しもったいない気もします。目の前のものが、「なぜここにあり、何を経てきたのか」を知らないまま通り過ぎているからです。
この寺は、誰が、どんな願いで建てたのか。この城は、どんな戦いを見てきたのか。この工場は、どんな時代を支えたのか。背景を知った瞬間、ただの「古い建物」が、時間の物語をまとった存在に変わります。
三つの「読みどころ」——寺社、史跡、産業遺産
寺社は、歴史を読む旅の入口として最適です。建てられた時代、宗派、建築の様式。仏像の表情や、庭のつくりにも意味が込められています。御朱印を集めながら巡れば、記録も残り、次への楽しみにもつながります。
史跡、とくに城跡や古戦場は、想像力をかき立てます。今は草に覆われた土地に、かつて人々の暮らしや攻防があった。石垣の積み方一つにも、時代と技術が刻まれています。
近年、静かに人気なのが産業遺産です。古い紡績工場、鉱山、鉄道施設、赤煉瓦の倉庫。日本の近代を支えた現場は、力強く、どこか郷愁を


三世代で旅行に出かけた帰り道
三世代で旅行に出かけた帰り道。孫は眠り、息子や娘は運転席で黙っている。楽しかったはずなのに、いちばん気を遣って、いちばん疲れていたのは自分だった。そんな覚えはありませんか。三世代旅がうまくいかないのは、仲が悪いからではありません。たいていは、誰が何を決めるのかが曖昧なまま出発してしまうからです。 三世代旅には、三つの時計が同時に動いています。孫は朝から全開で、昼過ぎに電池が切れます。息子や娘の世代は、運転と予約と支払いで気を張り続けています。そして自分たちは、午後にいちど腰を下ろしたい。この三つの時計を一本にそろえようとすると、どこかに必ず無理が出ます。 やっかいなのは、全員が相手を思いやっているのに、うまくいかないことです。「孫が喜ぶなら」と歩き続ける。「親が疲れているだろうから」と早めに切り上げる。「せっかく連れてきてもらったのだから」と何も言わない。よかれが重なった結果、誰の希望も通らない一日ができあがります。 役割分担というと、仕事の割り振りのように聞こえるかもしれません。けれど三世代旅で必要なのは、労働の分配ではなく、決定権の分配です。


夫婦の距離
子どもが巣立ち、家の中が静かになった。二人きりの食卓で、天気とテレビの話をしたら会話が終わってしまう。仲が悪いわけではないのに、どこか手持ち無沙汰。そんな感覚を、うまく言葉にできずにいる方は少なくありません。実はこれ、関係が冷えたのではなく、長く続いた「親としての共同作業」が一区切りついたサインでもあります。 子育ての時期、夫婦の会話には自然と議題がありました。誰がどこへ送るか、進路をどうするか、行事は何時からか。話すべきことが向こうから毎日やってきて、二人はその処理係として並んで座っていたわけです。 その議題が、ある日ぱたりと止まる。すると残るのは「何を話せばいいのか」という空白です。会話が減った原因を相手の性格や愛情の量に求めてしまうと、話はこじれます。多くの場合、減ったのは気持ちではなく、共有していた業務連絡のほうです。 ここで焦って「もっと話そう」と迫ると、たいてい空回りします。長年連れ添った相手ほど、改まった問いかけには身構えるものです。「最近どう思ってる」と正面から聞かれて、すらすら答えられる人はそう多くありません。...


靴を選ぶ時間帯
「昔と同じサイズを買っているのに、なんだか歩きにくい」。 ——そんな違和感があるなら、それは思い込みではありません。 足は、年齢とともに変わります。 縦のアーチが下がり、幅が広がり、長さも少し変わる。 つまり、20年前のサイズは、もう今のあなたの足ではないのです。 そして、足元は転倒に直結します。 住まいでの転倒は、大人世代の救急搬送の大きな割合を占めています。 おしゃれのためだけでなく、出かけ続けるために、靴を選び直しましょう。 デパートの靴売り場や、スポーツ用品店の多くで、無料の足型計測をしてくれます。 長さだけでなく、足囲(ワイズ)まで測ってもらうのがポイント。 「私はEだと思っていたら、実は2Eだった」というのは、よくある話です。 年に1度で十分。ただし、一度は必ず測る。 これが、すべての基本になります。 試着は「夕方」にする これは、覚えておくと一生使える知恵です。 足は、夕方にいちばんむくみます。 朝ぴったりだった靴が、夕方には窮屈になる。 だから、買うときは夕方に、履いていく予定の靴下で試す。 サイズの目安は、つま先に5〜10m


食文化を学ぶ「発酵、出汁、季節の行事食」
味噌、しょうゆ、納豆、ぬか漬け、かつお節。 私たちが毎日口にしている和食は、実は先人たちが積み重ねてきた知恵のかたまりです。 とりわけ、発酵・出汁・季節の行事食には、健康にも、暮らしの豊かさにも通じる工夫が詰まっています。 年齢を重ねた今だからこそ、こうした食文化を「学び直す」楽しみがあります。 ただ食べるだけでなく、「なぜこうするのか」「どんな意味があるのか」を知ると、毎日の食卓がぐっと味わい深くなります。 この記事では、発酵食品の世界、出汁の魅力ととり方、季節の行事食の意味、そして暮らしへの生かし方までを、網羅的にご紹介します。 台所が、いちばん身近な学びの場になります。 毎日の食事は、当たり前のように繰り返されるもの。 でも、その一皿の背景に目を向けると、驚くほど深い世界が広がっています。 なぜ味噌やしょうゆは長く保つのか。なぜ出汁をとるとおいしくなるのか。 なぜお正月にお雑煮を食べ、節分に豆をまくのか。 こうした「なぜ」を知ることは、食を通じた教養であり、暮らしを豊かにする学びです。 しかも、この学びは、机の上ではなく、台所と食卓で実践で


学び直しは出会い直し。大人のスクール・カルチャー教室の選び方
憧れていた水彩画、若い頃に途中でやめてしまったピアノ、あるいは英会話やパソコン。 きっかけは小さな好奇心でも、その一歩の先に、思いがけない出会いが待っていることは意外と知られていません。 学び直しは、知識を増やすためだけのものではありません。 同じテーブルを囲み、同じ課題に頭を悩ませ、うまくいったときに一緒に笑う。 そんな時間の積み重ねが、これまでの人間関係とはまったく違う、新しいつながりを生んでくれます。内閣府が令和4年に行った「生涯学習に関する世論調査」を見ると、学んだ理由として「人生を豊かにするため」を挙げた人が45.8%にのぼりました。 仕事のためだけでなく、暮らしそのものを彩るために学ぶ人が、これだけ多いということです。 さらに興味深いのは、「他の人との親睦を深めたり、友人を得たりするため」という理由が、年代が上がるほど増えていく傾向があること。 つまり大人世代にとって学びは、いつのまにか「誰かと出会う手段」でもあるのです。 教科書の外側に、人とのつながりという副産物がちゃんと用意されている、と言い換えてもいいかもしれません。新しい友人


大切な人を見送るということ。
葬儀が終わり、人が引き上げたあとの家は、驚くほど静かです。やることが山ほどあったはずなのに、急に手が空く。そして、悲しみは葬儀の日ではなく、その静けさのなかで本格的に始まります。まだ誰も見送っていない方にとっても、この話は無関係ではありません。グリーフケアとは、悲しみを消す技術ではなく、悲しみと一緒に暮らしていくための考え方です。何が起きるかを先に知っておくことが、そのまま支えになります。 深い悲しみは段階を追って進む、という説明を目にすることがあります。否認から始まり、怒り、そして受容へ。整理としてはわかりやすいのですが、実際にはその通りに進む人のほうが少ないと言われています。 現実にはもっと不規則です。三か月経って落ち着いたと思った翌週に、スーパーの惣菜売り場で足が止まる。一年経ってから、初めて涙が出る。よい日と悪い日が交互に来て、しばらくすると悪い日の間隔が少し延びる。回復とは、悲しまなくなることではなく、この波の間隔が変わっていくことに近いようです。 そして、悲しみ方には幅があります。泣き続ける人もいれば、涙が出ない人もいます。ひとりにな


片づけ整理の悩み。
片づけというと、つい「いくつ手放せたか」を数えたくなります。けれど、減らした数の多さが、そのまま心地よさになるわけではありません。たくさん捨てたのに、なんだか満たされない。そんな経験をした方もいるのではないでしょうか。 大切なのは、ものの量ではなく、自分との相性です。手に取ったときに気持ちが上がるか、今の暮らしで本当に使っているか。その問いを基準にすると、片づけは「我慢の作業」から「お気に入りを選ぶ時間」へと変わります。残すと決めたものは、堂々と使っていい。捨てられない自分を責める必要も、もうありません。 これまで住まいは、家族のため、来客のために整えられてきたのではないでしょうか。子どもが使っていた部屋、めったに出さない来客用の食器、いつかのためにとっておいた道具。気づけば、自分以外の誰かのための場所が、家の多くを占めていたかもしれません。 その役目が一段落した今こそ、暮らしを自分の体と好みに合わせて選び直すときです。よく使うものを、よく使う場所に。届きやすい高さに、取り出しやすい位置に。たったそれだけで、毎日の小さな動作がぐっと楽になりま
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